16話「断たれた音」THE MOST DANGEROUS MATCH

米国初放送:1973.3.4
NHK総合初放送:1974.4.13
ピーター・フォークの年齢:45歳
ゲストスター:ローレンス・ハーヴェイ(役名:エメット・クレイトンさん。チェスの世界チャンピオン。声:小笠原良知)

犯人へのコロンボの呼び方は、「クレイトンさん」。クレイトンはチェスの名人で、難聴。左耳に補聴器をつけている。オットコマエ大好きで、ピーター・フォーク目当てで今作を見ていたあたしは、クレイトンが登場するや、「うぉ、この人も、えらいオットコマエやな!」と大喜び。細面で理知的、神経質そうなおももち。暗褐色の髪に、灰色がかった碧眼。スラリと背の高い体躯は、寸詰まりのコロンボと好対照。演ずるローレンス・ハーヴェイは、「断たれた音」の放送後、45歳で、病気により他界したとのこと。なんて残念なことだろう。

小池朝雄さんによるコロンボの発声が、この回では、特に色っぽい。最初に現場検証に訪れたコロンボが、被害者が転落したゴミ処理施設を見て言う。

コ「こっから落ちたってぇ?フゥー」

フゥーは、かすかに息がもれるのみで、かっこよろす〜。

今回の犯人クレイトンは、非常に頭のいい人であると同時に、非常にヒステリックだ。クレイトンがホシだと見込んで、粘着してくるコロンボをうとんじて(それは犯人ならば当たり前だが)、イライラする表情が秀逸だ。コロンボのことを、チェスのトーシローはこれだから困る、みたいに吐き捨てたり。衒学的な男だこと。

対する我らがコロンボは、例によって「すみませ〜ん、もうひとつだけ〜」攻撃で、クレイトンの苛立ちを、さかなでしてくれる。クレイトンとコロンボ、タイプの違う切れ者同士の、真っ向からの対決が、なんともおもしろい。

中盤、クレイトンが、コロンボと一緒に、フランスレストランに行くシーン。エスカルゴのことを「かたつむり」と言ってくれちゃう吹替えに、時代を感じるなあ。「ウイ、ムッシュ!ウイ!」を連発する店主が、「かたつむり」の注文を復唱するさい、「エスカルゴ二人前…」とつぶやいている翻訳台本も、実に実にうまい。コロンボは、「ここでメシ食いましょう〜」って言いながら連れていくのだけども、犯行前夜、クレイトンと被害者がこのレストランに来ていたことは調べ済み。ウイムッシュの店主も、「これからクレイトンさん連れて行くから、昨夜来たお客さんと同一人物か、確認してね」と、事前にコロンボと打ち合わせ済み。コロンボとウイムッシュの、くさい芝居を見抜いたクレイトンは、ここまで、コロンボの態度にイライラしっぱなしだったのに、このとき、ゆっくりと落ち着いた口調で、こう言った。

ク「コロンボくん。きみは、愛想のいい男だ。よく働くし、その熱心さは、尊敬に値する。だが、芝居だけはやめてくれ。」

この言葉が印象的だった。有能な男クレイトンは、コロンボコロンボらしい一連の行動が、自分を追いつめるための策謀だと、重々わかった上で、それを重々うとんじた上で、コロンボのことを、有能な男だと賞賛するんである。クレイトン対コロンボの勝負が、人物描写として深みを持っているのは、クレイトンがコロンボを嫌う一方では、けしてないからなのだ。レストランで、おもおもしく口を開き、改まってコロンボのイイところを列挙する、このシーンは、「断たれた音」のかなめだ。

ラストへとたたみかける、ゴミ処理施設での対決。クレイトンのいら立ちが頂点に達する。

ク「ぼくだという証拠は、どこだッ!!」

この人、キレると補聴器をとるクセがあんのよね。カッとなって補聴器を耳からぬいたときの顔は、般若が如く、髪ふりみだし、緊迫感がはしります。対するコロンボは、わざと声を荒げて、あおる、あおる。決定的なセリフをクレイトンに吐かせて、「したり!」な顔をした瞬間の、小気味よいこと。

「断たれた音」は、犯人の人物像の掘り下げを、番組冒頭から丁寧に積み重ねた結果、コロンボとの対比構造がいきいきしてる。人間ドラマとしても、非常に見ごたえがあった。

あたしは、「刑事コロンボの中で、いちばん好きなエピソードは、どれですか。」と、たずねられたら、「断たれた音、です。」と答える。